◆概 要◆
ここ数年、沖縄の本部半島先端にある備瀬というシマ(ムラ)をめぐって、三十余年のフィールドワークの成果が立て続けに刊行された(『都市で故郷を編む―沖縄・シマからの移動と回帰』,2023年,東京大学出版会;『根の場所をまもる―沖縄・備瀬ムラの神人たちと伝統行事の継承』,2020年,新曜社)。この対をなす著作で著者は、備瀬を基点として1920年代から現在までの約100年間を駆け抜ける。日本各地の紡績工場へ働きに出たシマの女性たちの体験をなぞり、労働と稼ぎの場を求めて国の外へと渡った人たちの跡を追う。大阪ではメッキ工場の経験を共にしてきた同郷人たちを訪ねて「独立自営」の模索を知り、那覇では支え合い・競い合いつつ生活を共にした女性たちの衣料品市場を歩く。さらに、都市で老年期を迎えた同郷人が語り合い、故郷での子どもの頃の暮らしに思いをはせる場に身を置く。そして、大きく変容する故郷・備瀬において手入れされ続ける共用地(コモンズ)、神々とつながる根の場所での伝統行事の継承の場面に立ち会う。こうして著者は、実際にはもう見ることのできなくなった風景やかつての出来事を見ようとして、ご縁のできた一人ひとりを訪ね歩き、その人生に寄り添い、語りに耳を傾け続けてきた。この度、編まれたふたつの織物は、近代化の過程そのものを辿り、社会によって移動と稼ぎの可能性に方向付けられた人びとが、共同体を何度も編みなおしながら生きる様を描き出す。それは、社会心理学における「フィールドワークの知」の大きな稔りになった。
本企画では、著者である石井宏典氏と共にこれら2冊の本を囲む場を設けたい。そしてその場での語り合いを通じ、近現代という歴史的限界のもとで生きている私たちの場所を確かめる試みをしてみたい。